03’9・8
朝の8時30、私の所には有るはずのない早い電話が隣の部屋で鳴った、まだまだ夢の中でいつもなら知らぬ顔してほって置くのだが、ただならぬ気配を感じて大慌てで起きあがり3回目のコールで受話器を取った。
「永井さんのお宅でしょうか」
感情のないサラリーマン的な営業口調である、私の友人で無いことは直ぐに解った、誰やこんなに朝早く非常識な、と思いつつも
「ハイ」と滑舌よく返事した、仕事の電話かもしれない、
「こちら野方警察署ですが、留置場に貴年さんが入っていて、面会に来て欲しいと言っているのですが」
「えっ!・・・」 この間約2秒。
また何かやらかしたな!寝起きの頭の中がマッハのスピードでフル回転して、息子が格子のオリの中のベッドに両膝の上に両肘を付き、両手を合わせ心細そうに座って居る映像が思い浮かんだ、何があったのか解らないが息子の一大事である。
「解りました直ぐに行きます、ところで野方警察の場所はどちらにあるんですか」
「JR中野駅から歩いて5分の所にありますから直ぐに解りますよ」
「時間はいつでもいいですか」
「えっ?今日こられるんですか!」何故かしら驚いて答えたので気になった、「ハイ、直ぐに行きます」
「えーっと、するとですね、午前中は10:00~11:30までで、午後は1:00~ 4:30までとなってますから」
「も、申し訳ない、メモしますからもう一度お願いしてもよろしいですか」
「はい、午前中は10:00~11:30までで、午後は1:00~4:30までです」
「はい解りました、ところで誰を訪ねて行けばよろしいですか?」
「2階に留置場があるので、直接来て頂ければいいですから」
「解りました、野方警察の2階の留置場ですね、お伺いします」
「それじゃーよろしくお願いします」
「ありがとうございます、失礼します」
電話を切った後に、何で留置場に入れられたか聞くのを忘れてしまった、あ~あ、
何てことだ冷静さを失っている、どっちにしろ留置場に入ってることは事実だから行かないことには始まらない、少しだけ白く高揚した頭が一人歩きして有ること無いこと色々考えていた。
- 喧嘩。殴り過ぎて人を傷つけた。これはありえる。
- 恐喝。これは無い、根が優しいからありえない。
- 万引。これは無い、経験済みだしこれくらいで留置場は無い。
- 強盗。貧乏位に負ける奴では無い。
- 婦女暴行。これも無い、私と違い淡泊だし彼女はいるはずだ。
- 誰かの身代わりで変わりに捕まった、これもありえる。
- 交通事故。誰かの車で人をはねた、・・・
などと今までの自分と息子の歴史を思い起こし考えてみたが警察に行かないと始まらない、自分を落ち着かせる為に椅子に座りタバコに火をつけ何をすれば良いか考えた。
警察含め公的機関では顔や髪型、洋服などの容姿は重要で姿、形で人を判断されることが多い、鏡の前に立ち自分の顔を映して見た、撮影の仕事が無いため外に出ないので一週間も髭を伸ばしっぱなしである、シャワーの用意をしてから、 革靴を玄関に並べ、隣の部屋に行き布団をたたみ押し入れに押し込んでから、靴下、下着、白いシャツ、黒いスーツを準備した、 父として警察との戦いである。
風呂場にあぐらを組んで座りシャワーに長々と打たれながらもう一度冷静に最低最悪な状況までのことを考えシミュレーションしてみたが私の息子である、たぶん喧嘩をして少々行きすぎただけだろう、相手に怪我をさせていなければいい
けど、これしか浮かばなかった。髪を洗い髭を綺麗に剃って体を洗ってから最後に冷たい水を洗面器に溜め頭から3杯浴び両手で顔を包むように二回はたいて渇を入れた。
髪の毛をデップでオールバックに固め、スーツに着替え鏡でチェックした。
『よっしゃー大丈夫、いけてる』自分に暗示をかけてから祭壇の水を取り換え線香に火を点け妻と父とご先祖様に、「貴年とモモが無事でありますように見守って下さい」と声に出し手を合わせ般若心経を唱えた。
いつものことではあるが、私流のみそぎとお祈りである。
車で警察へ出向いた、車を降りジャケットのボタンを閉め胸を張って堂々と警察に入るが、来るたびに何故か後ろめたい気持ちになり委縮してしまう、今日は大丈夫全然落ち着いている、受付を通さず案内図を確かめ直接2階へエレベーターで上がり、降りて突き当たり右奥の留置場に真っ直ぐに向かう、途中左側には木製の小窓に曇りガラスの入ったドアが開けっ放しになっており、普通の会社となんら変わらず机に向かい忙しく仕事をしている様子が伺われる、右側は真っ直ぐの壁になっている、突き当たると非常階段出口かと思われるような小窓も鍵穴も無いうすい灰色の既製品の鉄製のドアがあった、見落とさないようにと配慮しているつもりだろうが、こじんまりと留置場と小さく書かれた白いプラスチックのネームボードが貼ってある、周りを見渡したが此処で間違い無い、無表情のドアと対照的に頻繁に使っているのであろうピカピカの銀色の球体のドアノブを迷わずひねり押し開けた。
誰もいないのかと思うほどがらんとしている、すぐ左に応接室と書かれた灯りの消えた小さな部屋が開けっ放しになっている、右側には機械室とネームプレートが貼ってある鍵付きの鉄製のドアが見える、そのまま進むと目の先には留置場らしい作りつけのがっしりとした厚めの鉄製のドアが半開きになっておりその先には沢山の独房が長々と規則正しく一列に並んであるのが見えた、応接室の隣左
側に細長い受付用のカウンターを置いただけという受付がありその奥には業務用の机が3つか4つ向かい合い、縦に並び私服の人間が3人会社仕事のように机に向かったり立って話しをしていたりしたが、一人だけ制服でカウンターに立ち何やら忙しく書類の確認か目を通している警官に「電話を頂いた永井と申しますが、永井貴年に面会したいのですが」と声を掛けると、私の方を向き、顔を見てから「あー、少々お待ち下さい」と今やっていた書類を手早く片付けてから一枚の書類を指し出し、「こちらのほうに記入して下さい」と面会用の書類を渡された。書類の書き方はとってつけたカウンターの上に半透
明の少し厚めのビニールの下敷きの下に書いてあった。面会用の書類を確認する私の手元を見ている警官が 「9月8日、・・・10時10分と書いて下さい」と腕時計を見ながら言った。
用意されたペンでは無く自分のペンで書類に日付、受付時間、住所、氏名、電話
番号、面会人の名前を書き込んだ、それだけである、書き込み終わり書類を渡すと書類に目を通してから「そちらの部屋でお待ち下さい」と灯りの消えた応接室と書かれた小さな部屋に通された。
自分で灯りを点け部屋を見渡すと3畳ほどのスペースで、入り口と平行して左側3席、奥3席、業務用のテーブルを真ん中に向かい合って一人掛けの応接用パイプ椅子が6脚、入り口右側の壁にそって縦長で4つが一つになった業務用の灰色のロッカーが置いてある、ロッカーの上には紙製のミカン箱らしき箱が2つ3つ無造作に乗ってある、壁掛け時計も無い殺風景な部屋である、もちろんドアは開きっぱなしである、入り口が見えるように入り口と平行して左側3席、奥3席の奥側の入り口側に足を組まず背筋を伸ばし正しく座った、時間の確認と携帯電話をマナーモードにするために携帯電話に目をやると圏外になっている、それでもマナーモードに設定した、先ほどまで静かだった留置場が少しにぎやかになって来た、時折手錠に腰ひもをつけた人が警官に連れられ出たり入ったりと結構人通りがありにぎやかである、時計を持たない私は携帯電話を取り出し時間を確認すると10分が過ぎていた、15分が過ぎた、20分待たされ少々いらいらしてきた、私ながらの誠意を見せるために朝一番で来たのに催促しょうかと思っていた頃、さきほどの制服を着た警官がやって来て、
「お兄さんですか?」と聞く。
「親父です」と低い声で言うと、
「あっ、申し訳ないです、直ぐにお呼びしますから」と書類を見ながら慌てて出ていった。
「永井さん面会室でお待ち下さい」
とこのあと直ぐに呼ばれ分厚い鉄の扉の左側横にある面会室に通された、分厚い鉄の扉に平行に細長い部屋があり移動式の椅子が4~5脚無造作に置かれていた。細長いカウンターがあり前には透明の厚いアクリル板が一面に張ってある、座って話が出来る高さに丸く切られた窓があり二重に穴の開いた透明のアクリル板がはめこんであり、よくテレビで見る面会室そのまんまである。
2人同時に面会出来るように奥と手前に丸窓はあったがドアを開け奥の方の席を選んで座り息子を待った、カウンターを挟んで左右対称の部屋が留置場側にもあるのだがドアより遠い場所に座ることによって久しぶりに合う息子の姿を確認して判断し別れるときは少しでも一緒に居られると考えてからの行動だった。
ドアが開き警官に連れられガラス越しに息子が現れた、気合いを入れ息子の姿をチェックした、髪の毛が伸び上に立ち上がりセットもしていないが、顔に傷も無く顔色もいい、少し緊張していたみたいだが嬉しそうに照れ笑いを浮かべ、
「すいません、ごめんなさい」
ペコリとお辞儀してから私の前に座った、この瞬間息子と話さなくても全ての事情が見えた、今まで考えていた最低最悪のことは無い、元気そうである心配無い。
付き添いの警官が入り口の方の席に腰を掛けた、丸窓に顔を近づけ
「どないしたんや」
と友達に話すように少し笑顔で声を掛けた。
「すいません酔っぱらって公園で喧嘩して捕まりました」顔に傷は無いし笑顔だ、
「相手に怪我させへんかったか?」
「うん、大丈夫、相手も怪我させてないし、心配ないよ」
「お前は大丈夫か」
「全然、平気。だけど俺10日も留置場に入ってんだよ」
「え、何、ほんまか!なんで直ぐ連絡せーへんねん」
「いい勉強になるし、そのうち出して貰えると思ったから」
「・・そうか、そりゃええ勉強やな」
「だけど出して貰えませんか、14日にライブがあるんだけどこのままだと危ないんでお願いします」
「どないしたらええねや」
「担当の刑事さんに話してパパが身元引受人になってくれたらいいんだけど」
「よっしゃ、まかしとけ、何も心配せんでええ」
お互いに笑顔で話しが進んでいたが息子が急に改まって「それからパパお願いがあるんですけど」
「なんや」
「雑誌の差し入れをして欲しいんですけど」
「何がええねん」
「プレイボーイと週刊誌と後は何でも」
息子と私の話を少し離れた横から聞いていた付き添いの警官が、「雑誌3冊までですから、後は下着類、食べ物はだめですから」という
「じゃー、プレイボーイと週刊誌と音楽雑誌にするか」
「うんそれでいいよ」
「後で届けるから待ってろ」
「ありがとう」
「じゃー心配しないで頑張れ、ええ勉強や、じゃーな」
お互いに微笑みあった。面会時間ギリギリまで一緒にいて息子を見送ろうと思ったが心配ない親の有りがたさと背中の大きさを見せる為に先に部屋を出た。
久しぶりに息子からパパという言葉を聞いた。最近は、ねー、あのー、ちょっと、すいません、とか呼ばれ友達には、父、親父、などといっていたが、パパは久しぶりに聞いた、留置場に入ったせいか私に対していつも気を張っている息子では無く、素直な息子がなんか凄く嬉しかった。
受付で丁重に挨拶を述べもう一度差し入れについて確認した、付き添いの警官と同じことを言われたので今すぐ差し入れを買って来ると伝えた、そして息子の担当の刑事と連絡を取りたいと言うと此処は預かって居るだけなので直接連絡を取ってくれとのことだった。
直ぐに一階の受け付けで近くのコンビニエンスストアーを聞き行ってみたが目当ての雑誌が無いので本屋さんを聞き、少し歩いて雑誌を買いに行ったが週間プレイボーイが無い、仕方が無いので月刊と週間朝日とプレイヤーという音楽雑誌を買い差し入れに持って行ったら、月刊プレイボーイが検閲に引っかかった、警官同士で何やら相談しているので裸の中綴じを破ってもいいですよと言うと規則違反だけど特別ですよとokが出た。
改めて息子のことを丁重に宜しくお願いしますと挨拶してから後にした。
一階の受付に行き留置場に入ってる息子の事情を話をしてから、担当刑事と連絡を取りたいから連絡先を教えて欲しいと息子から聞いた担当刑事の変わった名前のメモを見せると違う署ではあったが気持ちよくその場で調べてくれてその場で電話して繋いでくれた
「こちら野方警察の受付ですがそちらの○○刑事はいらっしゃいますでしょうか、今○○刑事と連絡を取りたいと永井さんという方がお見えになっているんですが」
電話が担当刑事と繋がった、1階の受付の電話だが話を早急に進めたいので周りのことは構わず息子の話をした、
「おそれいります、10日ほど前に喧嘩で捕まった永井貴年の親の永井と申しますがお解りでしょうか」
「・・あー、ハイ、ハイ」
「今日の朝、初めて息子が留置場に入っていることを知らされて今、面会して話を聞き担当刑事さんの名前を教えて貰って電話させて頂いているんですが、直ぐにお会い出来ませんでしょうか」
「会うのは構わないんですがどういう用件でしょうか」
「直ぐに出してやりたいんですが、今月の14日に息子のバンドのライブがあるらしいんですがこのまま行くとライブに出られず穴が明きそうなんで、身元引受人は私で弁護士が必要でしたら直ぐに手配します」
「そんなに急がなくても、それまでにはでられますよ」
「そういう訳には行かないんですよ、ライブといえども人様から金を貰うんだからそれなりにしっかり練習したりと時間が無いんですよ」
「直ぐと言われましても私の一存では行かないんですよ、・・が地検に書類を・・って行って・・それを・・・・書類が・・・・・・・・・・・」
「 とりあえず直ぐに会いたいんですが」
「ち、ちょっと待って下さい、おーい・・」
誰かを呼び書??類を持ってこさせ確認している?
「・・・・・」
「おとうさん、何もしないで下さい、息子さんは今日の夕方には出られると思 いますよ」
と書類らしき紙をめくって見ているのが聞こえる。
「じゃー、そのことを今すぐ息子に伝えに言ってよろしいですか」
「いや、ちょっと待って下さい、書類は今日になってますが、もし遅くなり手続きが出来ず明日になったら息子さんが可哀想ですから言わない方がいいと思いますよ、遅くても明日の朝には出られますから、心配しないで家で電話を待っ
ていて下さいよ」
「遅くても明日の朝ですね、解りました、ありがとうございます、宜しくお願いします」
と挨拶をしてから電話を切った。
私の話を聞いていた若い頃は美人であったろう歳のいった受付嬢は笑顔で電話を受け取った、丁寧にお礼の挨拶をして警察署を後にした。
家に着いてから、もしも明日の朝までに出れなかったときのことを想定して次の手の準備の電話をしておいた。
久しぶりに面白い話なので親友3人にこのことを伝えた、皆んな大喜びである、さすがタカトシ、とお褒めの言葉を頂いた、そしてほくそ笑みながらこの事件のことを忘れないように直ぐに原稿を書き始めた。
夕方6時になっても息子から電話が来ない、昨夜朝方まで起きていて眠かったが無理して起きていた、明日の朝かと諦めかけていたら夜の7時半頃に息子から電話があった、
「おー貴年、出れたか」
「んん、出れた、やったー」
と大きな声で私と天に向かって叫んだ、
「いやーおめでとう、電話は繋がるようにしとけよ、誕生日プレゼント買ってあるから、そのうちに顔だせよ」
「解った、パパ、ホントにありがとう」
「お、がんばれ」
電話を切ったが私が出してあげたと思っているに違いないが当分親の有りがたさに感謝する為に話は伏せて置こう、後2日で22歳の息子である。
22歳の誕生日当日、娘や友人から息子の誕生日祝いの電話をしているが繋がらないと電話が入ったので留置場の話をしてあげると娘は、
「もーアホ!」
と一言、連絡あったら教えてねと言った。
私の兄弟分に至っては
「僕は45日拘留されてました、アッハッハ」
と大笑い、連絡あったら教えて下さいと電話を切った、感謝。