蛇足・カゲやんの目

孤独が好き2

人は元来孤独である。
だが、人が生きている以上、何等かのつながりを持っている。決して孤独ではない。
孤独が好きという人が居たら、本当の孤独を知らないのだろう。
もし、孤独を知ったら生きて無いだろう。

本当に孤独になったら、人は生きていく事は出来ない。

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人は、聞く耳を持たなくなった時から老化が始まるね2

私は、聞く耳を持たなくてもいいと思う。
なぜなら、聞く耳を持たなくなった時から老化が始まるのなら、初めから持っていなければ老化は始まらない。

俺の心は大地とひとつだという本に、極北周辺の部族の話として下記のような話が掲載されていた。

“村で布教している牧師に、エスキモーが訊いた。
「もし私が神と罪について何も知らなかったら、私は地獄へ落ちるのでしょうか?」
「いいえ、落ちませんよ。しらないのならね。」牧師は答えた。
するとそのエスキモーは真剣になって尋ねた。
「じゃあ、なぜあなたは私に教えたのですか?」”

*上記の文章は、「俺の心は大地とひとつだ
(著者:ノーバート・S・ヒル・ジュニア/訳者:ぬくみ ちほ)より引用しています。

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裏切らない事2

裏切らない事は、大切な事である。

だが、私は思う。
裏切るなと言うのは、人を束縛する事になる。
人の考えや行動は自由だし、それを奪うのは好きではない。
自分の都合や考えの中で、他人を治めてしまうというのは、本来してはならないと思う。
おいおい、何を言うねんと言われそうなんで、これ以上は止めよう。

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結婚2

これは、私はなんとも言えんなぁ。
なにせ、結婚というものをしていないのや。

結婚は相手があって出来るもので、残念ながらお相手してくれる女性がいないのじゃ。
そんな私が、結婚について述べるは無理や。

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転ばぬ先の杖2

転ぶ事を、恐れてはいかん。おおいに転ぶべきではないか。転ぶ事で、転んだ時の対処というものが身に付くのではないだろうか。

子供の頃の歩き始めには、良く転ぶものです。
子供は、転ぶことで身を守る転び方を身に付けていくものです。これを、危ないといって支えていたら、支えの無い時転んでしまったら、転び方を知らすに大怪我になりかねない。
この事は、人生でも同じではないのかな。

まぁ、私のように、立って歩くより、転んでいるほうが多いのも考えものですが。
私の場合は、転び方より立って歩く方法を覚えなあかんなぁ。今からでは、遅いかなぁ・・・。

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優雅に生きる2

優雅や雅というのは、私には正直まったく解りません。
どうゆう生き方でも、自分らしくそして皆が幸せだと思える生き方をしたいものです。それが優雅や雅と程遠いものであっても、それはそれで良いと私は思う。
お金がどんなに有っても良いし、また、無くとも良い。お金が有ったほうが、実際には生活はしやすい。

お金が有って地位や名誉得て、優雅にそして雅に生きて幸せであったら、それに越した事は無いのではないだろうか。
有り余れば、皆に分ければすむ事です。

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親友2

私には、親友の定義は無い。
私自身が、親友だと思えば親友だからです。相手はどうだか解らないけど。
なんだかんだと理屈では語れないから、親友だと思う。逆に、理屈で語れるようなら、親友ではないのかもしれません。
もっとも、親友だけではなく、人と人の付き合いに理屈や定義は要らない。

私は、いろいろ考えて付き合うほど器用でもなければ、頭も良くないです。

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戯言(たわごと)2

私も、同じ事を何度も言う事が多い。
前に言った事を忘れていて言う事もあるが、あえて何度も言う事も有るように思う。

自分の目自分の肌で感じる事、もっともである。
情報に惑わされてはいかん。
もっとも、私のような近眼は、自分の目でもよう見えん。
どうすればいいのだ?

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